薬園跡(読み)やくえんあと

日本歴史地名大系 「薬園跡」の解説

薬園跡
やくえんあと

[現在地名]北区鷹峯藤林町

御土居(おどい)内の北西隅にあった江戸幕府の薬園。「雍州府志」に「寛永年中、鷹峯相攸置薬園、南北二箇所、使和気氏并丹波氏両家医生二人各守一方」とあり、寛永年中(一六二四―四四)に開かれた。京都御役所向大概覚書には「医師儒者之事、附鷹峯御薬薗并御薬種献上之事」として、次のように記す。

<資料は省略されています>

すなわち敷地は東西八〇間、南北七〇間と広大で、六〇間四方の薬種畑、五〇間に一五間の中間屋敷、一〇間に一五間の小頭屋敷、二〇間四方の医家藤林の屋敷があったことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 土岐氏 中略

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む