薬湯小路(読み)やくとうこうじ

日本歴史地名大系 「薬湯小路」の解説

薬湯小路
やくとうこうじ

[現在地名]鶴岡市山王町さんのうまち鳥居町とりいまち宝町たからまち

下山王社(現日枝神社)東側のあら町に面した大鳥居の向い側にあり、東へ入る小路。東端うち川に至る。大宝寺だいほうじ村のうちで、薬湯屋小路やくとうやこうじともよばれた。地名は寛政四年(一七九二)荒町の桶屋藤十郎が薬湯営業を始め、翌五年川端の茶屋を買取り薬湯と兼業したことに由来する(「御町例帳」宇治文書)。延宝六年(一六七八)の城下絵図では二三間・五六間。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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