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藤原忠綱 ふじわらの ただつな

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原忠綱 ふじわらの-ただつな

?-? 鎌倉時代の官吏。
藤原資綱の子で,歌人長綱の父。後鳥羽(ごとば)院の北面としてつかえ,内蔵頭(くらのかみ),左馬頭などを歴任。細工所別当もつとめ,院の信任をえていたが承久(じょうきゅう)元年(1219)すべてを解任された。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原忠綱

生年:生没年不詳
鎌倉前期の後鳥羽院の近習。父は資綱。同院の北面(院に仕える侍)として仕え,建永1(1206)年には細工所別当となった。朝廷の造営事業を多く請け負うとともに,承久1(1219)年には源実朝暗殺後の対応を講じるため,鎌倉に派遣されて幕府との交渉に当たるなど,後鳥羽上皇の信任を得て多方面に活躍した。しかし,もともと低い家柄の出身でもあり,教養の点でも劣っていたため,一般の貴族からは疎んじられていたらしい。同年に,上皇によって一方的に解官され,すべての権益を失った。

(本郷恵子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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