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藤原昭子 ふじわらの しょうし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原昭子 ふじわらの-しょうし

?-? 平安時代中期,後三条天皇の女御(にょうご)。
藤原頼宗の3女。母は藤原伊周(これちか)の娘。天皇の皇太子時代に宮にはいり,即位にともない延久元年(1069)女御となる。承香殿(じょうきょうでんの)女御,堀河女御とよばれた。名は「あきこ」ともよむ。

藤原昭子 ふじわらの-あきこ

ふじわらの-しょうし

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原昭子

生年:生没年不詳
平安時代後期の後三条天皇女御。「あきこ」とも。堀河女御。承香殿。藤原頼宗の娘。頼宗は最初,昭子を後冷泉天皇の後宮に入れようとしたが,兄頼通の娘寛子に先を越されたため断念した。治暦1(1065)年皇太弟尊仁親王(後三条天皇)への入内を計画中に頼宗は死亡するが,その遺志に基づき治暦2年昭子入内が実現した。しかし子に恵まれなかった。延久1(1069)年後三条即位にともない女御になる。同3年後三条天皇死亡により出家,堀河院で仏道に専念。

(京楽真帆子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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