藤本太平次(読み)フジモト タヘイジ

20世紀日本人名事典 「藤本太平次」の解説

藤本 太平次
フジモト タヘイジ

明治期の公共事業家



生年
弘化5年2月15日(1848年)

没年
大正12(1923)年9月10日

出生地
近江国(滋賀県深溝村)

経歴
明治31年私財を投じて深溝港に通じる長さ1.7キロの直線道路を建設し、42年港に桟橋防波堤を築いた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤本太平次」の解説

藤本太平次 ふじもと-たへいじ

1848-1923 明治時代の公共事業家。
弘化(こうか)5年2月15日生まれ。生地滋賀県深溝(ふかみぞ)村(新旭町)で運漕業をいとなむ。明治31年私財を投じて深溝港に通じる長さ1.7kmの直線道路をとおし,42年には港に桟橋(さんばし)と防波堤をきずいた。大正12年9月10日死去。76歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む