藤穂庄(読み)ふじほのしよう

日本歴史地名大系 「藤穂庄」の解説

藤穂庄
ふじほのしよう

鮎原葛尾あいはらつづらお付近一帯に比定されているが、定かではない。貞応二年(一二二三)の淡路国大田文には津名郡のうちに「藤穂庄」が記され、承徳元年(一〇九七)郁芳門院の「遺宮」が仏寺に改められて成立した六条御堂ろくじようみどう(のち萬寿寺、現京都市東山区)領。田六〇町、畠、浦一所で構成されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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