蛭田村(読み)ひるたむら

日本歴史地名大系 「蛭田村」の解説

蛭田村
ひるたむら

現光岡(みつおか)字蛭田に比定される。文永四年(一二六七)一〇月二五日、幕府は宗像宮雑掌僧隆恵と安楽寺(太宰府天満宮)所司円勝法眼代子息為済との相論について、「蛭田村」は天永年間(一一一〇―一三)以後宗像社領であり幕府の沙汰するところでなく、本所の成敗に任せるべきであると裁定している(「関東下知状案」宗像大社所蔵文書/鎌倉遺文一三)。当時の本所は大宮院(西園寺実氏娘子・後嵯峨天皇皇后)、大宮司は宗像長氏であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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