行谷村(読み)なめがやむら

日本歴史地名大系 「行谷村」の解説

行谷村
なめがやむら

[現在地名]茅ヶ崎市行谷

西境を小出こいで川が流れ、南は下寺尾しもてらお村、北は芹沢せりざわ村に接する。小田原衆所領役帳に行谷藤五郎「拾五貫文 行谷一宮内」とある。寛永一〇年(一六三三)頃より旗本馬場領。文政三年(一八二〇)藤沢宿の加助郷を勤めた(「藤沢宿および立場書上帳」藤沢市史二)。天保初期の家数二三(風土記稿)、安政二年(一八五五)の家数二二、人数一三九、馬一(「村高家数人別書上帳」茅ヶ崎市史一)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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