袋津村(読み)ふくろづむら

日本歴史地名大系 「袋津村」の解説

袋津村
ふくろづむら

[現在地名]亀田町袋津一―六丁目・城山じようやま一丁目・神明しんめい町一―五丁目・あずま町一―四丁目・水道すいどう町一―五丁目・砂岡すなおか一―五丁目・所島ところじま一―二丁目・あけぼの町一―四丁目

亀田町新田の南東の砂丘列上に立地する大村で、明治一六年(一八八三)横越よこごし(現横越村)から分離するまで同村の高内であった。開村年代は不詳であるが、幾野氏の開発といい、延徳二年(一四九〇)あるいは永正一七年(一五二〇)加賀国から移転した真宗大谷派貫華山円行えんぎよう寺は同氏の世話を受け、当初幾野山と号したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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