すべて 

裏神保町(読み)うらじんぼうちよう

日本歴史地名大系 「裏神保町」の解説

裏神保町
うらじんぼうちよう

[現在地名]千代田区神田神保町かんだじんぼうちよう一丁目

明治五年(一八七二)起立。南神保町の東に位置する町。江戸時代はおおむね武家地。寛永江戸図では大森半七・稲葉佐渡などが屋敷を構えている。沿革図書などによると、延宝(一六七三―八一)以前は水野半左衛門など五軒の武家地、文久元年(一八六一)蕃書調所頭取を勤めた古賀謹一郎(茶渓・謹堂)、岡部因幡守など八軒の武家地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

すべて 

今日のキーワード

106万円の壁

会社員に扶養されるパートら短時間労働者は年収106万円以上になると厚生年金保険料などの負担が生じて手取りが減る。将来の年金額は手厚くなるが、働き控えを招く「壁」とされ、企業の人手不足の要因となる。厚...

106万円の壁の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android