西之川村(読み)にしのかわむら

日本歴史地名大系 「西之川村」の解説

西之川村
にしのかわむら

[現在地名]一宮市萩原はぎわら萩原はぎわら

「尾張国地名考」に「此村今はなし、或人曰、萩原村にひとつに成たり。今も街道筋の橋の辺を西ノ川といふ」とあるように、萩原宿と地続きになり、独立村としてではなく萩原西之川村とよばれるようになる。「寛文覚書」には、九五七石余の概高、家数四四・人数二五六、美濃路に面し、街道筋二六四間とある。天保一四年(一八四三)の美濃路宿村大概帳では、萩原宿のなかに併合して記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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