西之部田村(読み)にしのべたむら

日本歴史地名大系 「西之部田村」の解説

西之部田村
にしのべたむら

[現在地名]大多喜町西部田にしべた

大多喜城下柳原やなばら町の南西上原うえはら村の西、夷隅川左岸に位置する。大多喜城下から清澄きよすみ(現天津小湊町)へ至る房州清澄道が通る。西ノ部田・西部田とも記した。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に西部田村とみえ、高三三九石。慶長五年(一六〇〇)の大多喜藩領分高付帳(大木家文書)では高三三九石余。天正一八年(一五九〇)検地が実施されたという(天保一一年「上原村庄屋上申書」渡辺家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 幕末 バラ

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む