西八百屋町(読み)にしやおやちよう

日本歴史地名大系 「西八百屋町」の解説

西八百屋町
にしやおやちよう

下京区七条通猪熊東入

東西に通る七条通(旧七条大路)を挟む両側町。

平安京の条坊では左京八条二坊一保八町北側と左京七条二坊二保五町の南側、平安中期以降は七条猪熊小路西の地。平安京の東市司があった(拾芥抄)。建保六年(一二一八)に、歌人藤原定家がその家地を売渡していることが、次の売券(「徴古雑抄」所収随心院文書)から知られる。

<資料は省略されています>

寛永一四年(一六三七)洛中絵図に「西やおや丁」とあり、以後変化はない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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