西堂村(読み)にしのどうむら

日本歴史地名大系 「西堂村」の解説

西堂村
にしのどうむら

[現在地名]前原市西堂

末永すえなが村の西に位置し、村境を川原かわばる川が流れる。西は井原いわら村、南東は枝郷の川原村。天正五年(一五七七)四月一二日の原田了栄知行坪付(児玉採集文書/筑前怡土荘史料(九州荘園史料叢書))に「西堂」とみえ、七反半などが笠新兵衛に与えられている。同八年には石井彦八郎と波多江平左衛門に当地の各三反が与えられている(同年二月三日「原田了栄知行坪付」同上)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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