西太郎丸村(読み)にしたろうまるむら

日本歴史地名大系 「西太郎丸村」の解説

西太郎丸村
にしたろうまるむら

[現在地名]春江町西太郎丸

随応寺ずいおうじ村の南西にあり、東は江留下えとみしも村から西は田畑たばた村にわたる東西に細長い村。村名から、南隣の東太郎丸村と同様、中世名田が村になったと考えられる。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では「針近之郷」に含まれる。村名は正保郷帳にみえ、田方六三九石余・畠方五一石余。貞享三年(一六八六)福井藩領より幕府領となり、元禄一〇年(一六九七)葛野藩領、のち再び幕府領、文政三年(一八二〇)福井藩預領となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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