西牧
にしまき
[現在地名]梓川村大字梓
初見は、嘉暦四年(一三二九)、幕府が諏訪上社五月会・御射山頭役等の結番を定め、同社造営所役を信濃諸郷に課した文書で、「四番五月会分(中略)右頭、西牧・埋橋両郷地頭等」(「鎌倉幕府下知状案」守矢文書)、「三之鳥居一之東方西牧郷」(「大宮御造栄之目録」諏訪大社上社文書)とみえている。天正六年(一五七八)上諏訪造宮帳によると、西牧は上野郷・竜田郷・古幡郷に分れており、天正七年諏訪社下社の下諏訪春宮造宮帳によれば、「西牧之内小蔵郷」がみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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