梓川村(読み)あずさがわむら

日本歴史地名大系 「梓川村」の解説

梓川村
あずさがわむら

面積:四二・四七平方キロ

松本市の西部、北アルプス山脈の東麓、梓川の左岸に位置する。山麓の上野(うえの)は、洪積層の台地上にあって、大久保(おおくぼ)・田屋(たや)・丸田(まるだ)・南北条(みなみきたじよう)・北北条(きたきたじよう)・小室(おむろ)で縄文式土器や石器が多数出土。大久保朝鮮原(おおくぼちようせんばら)で弥生式土器、同田南(たみなみ)で竪穴住居跡・土師器、田屋あらがいとで土師器が発見されており、古くから村落の発達したところ。中世には西牧(にしまき)郷といわれ、その末期には上野・古幡(ふるはた)・竜田(りゆうだ)三郷に分れ、上野は、寛永年代(一六二四―四四)に花見(けみ)・丸田・寺家(じけ)・中(なか)・田屋・大久保・北条に分村している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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