西鵜之本村(読み)にしうのもとむら

日本歴史地名大系 「西鵜之本村」の解説

西鵜之本村
にしうのもとむら

[現在地名]祖父江町西鵜之本

佐屋(さや)川の西側にあり、対岸は野田(のだ)村・柿木島(かきのきじま)村に接する。「寛文覚書」では東鵜之本(ひがしうのもと)村・西鵜之本村をまとめて鵜之本村としている。天保村絵図によれば概高三三石九斗余、畑四町五反二畝余は横井伊折介の給知で、新田一一一石余は蔵入地、戸口四三戸・二〇〇人である。西覚(さいかく)寺は東浄土真宗とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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