西鵜之本村(読み)にしうのもとむら

日本歴史地名大系 「西鵜之本村」の解説

西鵜之本村
にしうのもとむら

[現在地名]祖父江町西鵜之本

佐屋さや川の西側にあり、対岸野田のだ村・柿木島かきのきじま村に接する。「寛文覚書」では東鵜之本ひがしうのもと村・西鵜之本村をまとめて鵜之本村としている。天保村絵図によれば概高三三石九斗余、畑四町五反二畝余は横井伊折介の給知で、新田一一一石余は蔵入地、戸口四三戸・二〇〇人である。西覚さいかく寺は東浄土真宗とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む