要害村(読み)ようがいむら

日本歴史地名大系 「要害村」の解説

要害村
ようがいむら

[現在地名]山辺町要害

根際(ねぎわ)村の南、山形盆地南西部に位置し、白鷹(しらたか)丘陵東縁部にあたる。新田(しんでん)・竹原(たけはら)・駒場(こまば)の枝郷がある。元和八年(一六二二)山形藩領、正保元年(一六四四)幕府領、貞享二年(一六八五)山形藩領となり、藩主堀田氏の転封により、翌三年陸奥福島藩領、元禄一三年(一七〇〇)山形藩領となる。以後、延享元年(一七四四)幕府領、同三年下総佐倉藩領、寛延二年(一七四九)肥前島原藩領となり、安永三年(一七七四)佐倉藩領に復する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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