東村山郡(読み)ひがしむらやまぐん

日本歴史地名大系 「東村山郡」の解説

東村山郡
ひがしむらやまぐん

面積:九二・六八平方キロ
山辺(やまのべ)町・中山(なかやま)町

明治一一年(一八七八)の郡区町村編制法により近世の村山郡が東・西・南・北に四分割されて成立した郡で、成立時には村山郡の中央部から東部を占め、南は南村山郡・西置賜(にしおきたま)郡、西は西村山郡、北は北村山郡、東は宮城県に接した。山形盆地の中心部にあたり、西は白鷹(しらたか)丘陵、東は奥羽山脈に画され、中央西寄りを須(す)川が北流する。成立時には二町九七ヵ村で構成され、郡役所は天童村に置かれた。同二二年の町村制施行により、一町二三村に統合された。同二九年には山辺(やまべ)村が町制を施行、翌三〇年には同じく最上村が町制を施行し長崎(ながさき)町となり三町二一村となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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