観音下町(読み)かんのんしたまち

日本歴史地名大系 「観音下町」の解説

観音下町
かんのんしたまち

[現在地名]金沢市東山ひがしやま一丁目

卯辰うたつ山西麓、観音坂下かんのんざかした南西に位置。観音町から南東に続く片側町。観音町から一文いちもん(現天神橋)へ続く通りとその両側の通りからなる。文化八年(一八一一)の金沢町絵図名帳によれば家数は四八(うち武家六・寺一)。文政四年(一八二一)に卯辰村領の崩山くずれやまが編入された(国事雑抄)。同六年には町内から四軒よんけん町が地子町として町立てされ(町奉行より出候町名)幕末の金沢町名尽(金沢市立図書館蔵)にもみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む