諫山村(読み)いさやまむら

日本歴史地名大系 「諫山村」の解説

諫山村
いさやまむら

[現在地名]三光村諫山

八面(はちめん)山北西麓の台地縁辺にあり、西は山国(やまくに)川沿いに佐知(さち)村・臼木(うすぎ)村・北は原口(はるぐち)村。「続日本紀」天平一二年(七四〇)九月二五日条に、藤原広嗣の乱鎮定の官軍に「下毛郡擬少領無位勇山伎美麻呂」が馳せ参じたとあり、当地に住んでいたと考えられている。それ以前には「日本書紀」安閑天皇元年閏一二月条に、物部尾輿が「筑紫国の胆狭山部」という部曲を献上しているが、当地もその一つであったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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