警固町(読み)けいごまち

日本歴史地名大系 「警固町」の解説

警固町
けいごまち

[現在地名]防府市警固町一―二丁目付近

古くは都浜みやこはまと称された地であったが、慶長年中(一五九六―一六一五)毛利氏の水軍を下松くだまつ(現下松市)よりこの地に移し、船手組の宅地とした。のち海上警固の任にあたる諸士の居住地であるため、警固町の名でよばれるようになった。

毛利水軍は船手組とよばれ、三田尻みたじりには村上二氏と浦氏の三組があったが、のち村上氏の二組のみとなり、これを両村上と称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む