谷一木村(読み)たにひとつぎむら

日本歴史地名大系 「谷一木村」の解説

谷一木村
たにひとつぎむら

[現在地名]河原町谷一木

長瀬ながせ南西の細長い谷筋に立地する。南西は正法寺しようぼうじ坂を越えて曳田ひけた村へ続く。「因幡志」に谷一ッ木村と記され、支村としてドウドウ・中谷荒岩あらいわおくまえ・大耳がある。慶長一〇年(一六〇五)の気多郡高草郡郷帳に亀井茲矩領として布袋ほていなどとともに「一木」が記されるが、正保期(一六四四―四八)作成と推定される因幡国絵図(県立博物館蔵)には当村と渡一木わたりひとつぎ村がみえることから、近世初期に一木村が分村したと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む