谷口片原町(読み)たにぐちかたはらちよう

日本歴史地名大系 「谷口片原町」の解説

谷口片原町
たにぐちかたはらちよう

[現在地名]堺市甲斐町東かいのちようひがし四―五丁

火鉢屋ひばちや町の北東市之いちの町と甲斐町の間の東西方向の道に北面する片側町。元禄二年(一六八九)堺大絵図に「谷口片原町」とあり、九筆の宅地からなる。東から二軒目に「町屋敷」の記載があり、これは町年寄屋敷とみられている。所属町組は塗師屋ぬしや町に同じ。寛政一一年(一七九九)の家数一〇、石銀高二二匁余、家役一一(うち無役〇・九一)、年寄は南向井領みなみむかいりよう町年寄田原屋宗左衛門の兼務(堺市史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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