豊田本村(読み)とよだほんそん

日本歴史地名大系 「豊田本村」の解説

豊田本村
とよだほんそん

[現在地名]川越市豊田本・寿町ことぶきちよう上野田町かみのだまち

野田村・脇田わきた村の南西、入間いるま川と新河岸川の間の台地および低地に立地。豊田村・豊田本郷とも記す。村名は天文元年(一五三二)没の地内曹洞宗善長ぜんちよう寺の開基豊田隼人に由来という(風土記稿)。当村から北方小室こむろ村にかけては古代条里の遺構が残る。小田原衆所領役帳に御家門方の北条長綱(幻庵)御新造の所領として「六十貫九百六十四文 河越卅三郷豊田」とみえ、弘治元年(一五五五)検地が実施されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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