足力庄(読み)こぶらのしよう

日本歴史地名大系 「足力庄」の解説

足力庄
こぶらのしよう

錦部(にしごり)郡にあった奈良興福寺領庄園。享和二年(一八〇二)狭山藩領村方明細帳(中之島図書館蔵)の彼方(おちかた)村・廿山(つづやま)村・錦部新田などの項に「足力(こぶら)郷」に含まれたと記されるので、庄域はこの付近と推定される。文永二年(一二六五)一〇月、一条実経の春日社詣にさいし興福寺が諸庄に課した人夫召注文(内閣文庫蔵大乗院文書「御参宮雑々」)に、「足力庄廿人内」として「五人入杣了、五人加用参了」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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