足力庄(読み)こぶらのしよう

日本歴史地名大系 「足力庄」の解説

足力庄
こぶらのしよう

錦部にしごり郡にあった奈良興福寺領庄園。享和二年(一八〇二)狭山藩領村方明細帳(中之島図書館蔵)彼方おちかた村・廿山つづやま村・錦部新田などの項に「足力こぶら郷」に含まれたと記されるので、庄域はこの付近と推定される。文永二年(一二六五)一〇月、一条実経の春日社詣にさいし興福寺が諸庄に課した人夫召注文(内閣文庫蔵大乗院文書「御参宮雑々」)に、「足力庄廿人内」として「五人入杣了、五人加用参了」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む