…将軍家のほかに御三家や諸大名が諸堂宇を寄進して,一山36坊の大伽藍が出現した。43年の天海の死後,公海が2世住職となり,さらに47年(正保4)に後水尾天皇の第3皇子守澄法親王が入山し,55年(明暦1)に輪王寺宮と号して以後,代々の輪王寺宮が寛永寺住職となった。歴代の輪王寺宮は日光門主・天台座主となって,関東のみならず全国の天台宗寺院を統轄するに至り,幕府の宗教政策を支えた。…
…皇室や公家も,建物や調度品を門跡寺院によく寄進したので,今日これらの寺院は,当代宮廷文化の香りをよく伝える宝庫となっている。門跡寺院を宗派別にみると,准門跡の浄土真宗を除くと天台・真言と南都六宗,またその所在は江戸時代に創立した輪王寺宮(輪王寺宮門跡)を除いて京都・奈良近辺の古代官寺系の名刹がほとんどである。だが明治維新に際し,神仏分離と神道国教化政策で宮門跡がいっせいに還俗(げんぞく)し,また1871年(明治4)公的な門跡制度は廃止された。…
※「輪王寺宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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