上野(読み)うえの

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

上野
うえの

三重県北西部,伊賀市中西部の旧市域。上野盆地のほぼ中央,柘植川と服部川の合流点に位置する。 1941年上野町など7町村が合体して市制。 1950~57年,府中村,猪田村,友生村,中瀬村の一部,花垣村,依那古村,比自岐村,丸柱村の一部,神戸村,古山村の一部を編入。 2004年伊賀町,島ヶ原村,阿山町,大山田村,青山町と合体して伊賀市となった。中心市街地の上野は古くから軍事,経済上の要地で,慶長 13 (1608) 年藤堂高虎が入封,同 16年徳川家康の命により上野城 (城跡は国指定史跡) を大幅に改修,拡充し,城下町を開いた。農業を中心に酒造業や,組紐,和傘,伊賀焼などの伝統工業がある。名阪国道沿いには電機部品,繊維,食料品などの工場が立地。東部に伊賀国分寺跡 (国指定史跡) があるほか敢国神社など式内社が多く,御墓山古墳,長楽山廃寺跡,崇広堂 (以上国指定史跡) などもある。松尾芭蕉の出身地で,生家,遺品を集めた俳聖殿,高弟服部土芳の草庵である蓑虫庵がある。また江戸幕府の隠密として活躍した伊賀忍者 (→伊賀者 ) の拠点としても知られ,現在も百地砦,忍者屋敷が残る。鍵屋ノ辻は荒木又右衛門の伊賀越仇討ちの地。北西部にある高倉神社と果号寺のシブナシガヤは国の天然記念物。

上野
うえの

沖縄県西部,宮古島市南部の旧村域。宮古島の南部にある。 1948年下地村の一部が分離して成立。 2005年平良市,城辺町,下地町,伊良部町と合体して宮古島市となる。上野,野原,新里,宮国の4地区からなる。サトウキビ,タバコ栽培と肉用牛飼育が行なわれる。近海はサンゴ礁の暗礁が多く,宮国沖合いでドイツ遭難船を救助 (1873) した話は博愛美談として知られ,海岸にその記念碑がある。地域活性化のため,1993年ドイツ文化村が開設された。

上野
うえの

東京都台東区西部にある上野恩賜公園不忍池上野広小路付近一帯の総称。江戸時代徳川家の廟所寛永寺の建立により発展。寺域明治維新上野公園として開放され,1924年に宮内省から東京市に下賜され上野恩賜公園と改称された。東京国立博物館国立科学博物館東京都美術館上野動物園東京文化会館国立西洋美術館東京芸術大学などの文化・教育諸施設が集中。上野駅周辺から広小路にかけては浅草と並ぶ庶民的繁華街。旅館,食堂,衣料店などが並ぶ。不忍池の弁財天は庶民信仰の対象として有名。湖畔には料亭,料理店が立地。JR上野駅は東北本線,常磐線,高崎線,上信越線などの列車の起点で東京の北玄関となっていたが,東北新幹線上越新幹線の東京―上野間の開業によりその役割が代わった。

上野
うえの

愛知県西部,東海市の北半分を占める地区。北は天白川で名古屋市と境し,かつては天白川沿いの沖積地と西部の海岸低地米作とフキ,トマトなどの野菜栽培が行われていた。第2次世界大戦後,名古屋南部臨海工業地域の埋立て地が造成され,中京工業地域最初の銑鋼一貫作業製鉄所が立地した。またその用地の行政的帰属問題で紛糾し,1969年に南の横須賀町と合体して東海市が成立。現在丘陵地のミカン畑は宅地化が進み,低地では米作のほかタマネギなどの野菜栽培が行われている。

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デジタル大辞泉の解説

うえの【上野】[東京都の地名]

東京都台東区西部の地域。寛永寺上野公園アメ横がある。

うえの【上野】[姓氏]

姓氏の一。
[補説]「上野」姓の人物
上野俊之丞(うえのしゅんのじょう)
上野彦馬(うえのひこま)

うえの【上野】[三重県の旧市名]

三重県西部、上野盆地の中心にあった市。もと藤堂氏の城下町。芭蕉の生地。窯業・機械工業が盛ん。平成16年(2004)に周辺町村と合併して伊賀市となった。→伊賀

こうずけ〔かうづけ〕【上野】

《「かみつけの(上毛野)」の略「かみつけ」の音変化》旧国名の一。東山道の一国。現在の群馬県にあたる。上州

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百科事典マイペディアの解説

上野【うえの】

東京都台東区,上野駅,御徒町(おかちまち)駅周辺の地名。近世以来,浅草と並ぶ下町の盛り場上野公園上野動物園,不忍(しのばず)池などの行楽地があり,広小路,JR高架線下の〈アメ屋横丁〉は商店が密集する。上野駅は東北・上越・北陸新幹線が通じ,東北,常磐,高崎各線の始発駅で東京の北玄関に当たり,京浜東北,山手,京成電鉄,地下鉄各線も集まる。
→関連項目下谷忍岡台東[区]

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世界大百科事典 第2版の解説

うえの【上野】

東京都台東区西部の地名。武蔵野(山手)台地最東端に当たる上野山およびその周辺を指す。この台地は忍ヶ岡(しのぶがおか)とも呼ばれた。江戸時代初期に伊賀上野を領していた藤堂高虎らの屋敷があったため,上野の地名がついたといわれるが,周囲の低地から見て上野と名づけられたともいう。1625年(寛永2)に天海(慈眼大師)によって東叡山寛永寺が建てられ,清水堂付近は奈良の吉野山から移植された桜の名所となった。台地の南西下にあった潟湖は整備されて不忍池(しのばずのいけ)となり,周囲の低地は埋め立てられて町屋や武家屋敷ができた。

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大辞林 第三版の解説

うえの【上野】

東京都台東区西部、公園地区・商店街の総称。江戸期以来の繁華街・行楽地。

うえの【上野】

姓氏の一。

こうずけ【上野】

〔「かみつけの(上毛野)」の略「かみつけ」の転〕 旧国名の一。群馬県全域にあたる。上州。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔地域名〕上野(うえの)


東京都台東区西部の繁華街・公園地区。
上野公園・不忍池(しのばずのいけ)・上野広小路(ひろこうじ)を含む地域の総称。江戸時代、徳川家菩提(ぼだい)寺の東叡山寛永(かんえい)寺が建立され、周辺は盛り場に発展。明治維新の上野戦争で同寺は灰燼(かいじん)に帰した。上野公園内に博物館・動物園・美術館などの文化施設が多数ある。上野広小路やJR高架線下のアメ横商店街連合会は商店が密集する問屋街。JR上野駅は東京の北の玄関口で、東北・秋田・上越などの各新幹線やJR山手線、京成電鉄、東京メトロの銀座線・日比谷線などが乗り入れる。

〔東京都〕上野(うえの)


東京都台東(たいとう)区西部の繁華街・公園地区。上野公園・不忍(しのばずの)池・上野広小路(ひろこうじ)を含む地域の総称。江戸時代、上野台に徳川将軍家菩提(ぼだい)寺の東叡山寛永(とうえいざんかんえい)寺が建立され、南側山麓に門前町が形成されて上野広小路周辺は盛り場に発展。明治維新の上野戦争で同寺は灰燼(かいじん)に帰した。上野公園内に博物館・動物園・美術館などの文化施設が多数ある。上野広小路やJR高架線下のアメヤ横丁は商店が密集する買い物街。JR上野駅は東京の北の玄関口で、JR東北本線・常磐(じょうばん)線などの始発駅。JR東北新幹線・上越(じょうえつ)新幹線やJR山手(やまのて)線・京浜東北線、地下鉄各線、京成(けいせい)電鉄が乗り入れる。

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世界大百科事典内の上野の言及

【遠州七窯】より

…江戸初期の大名茶人小堀遠州が指導し,またその好みの茶具を焼いたとされる七つの窯。遠州七窯が説かれるようになるのは江戸時代後期かららしく,1854年(安政1)刊の《陶器考》では,瀬戸を除いた国焼に限り,志戸呂,上野(あがの),朝日,膳所(ぜぜ),高取,古曾部,赤膚の諸窯をあげている。しかし,朝日,古曾部,赤膚は遠州の活動期以後の窯である。…

※「上野」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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