近江島新田(読み)おうみじましんでん

日本歴史地名大系 「近江島新田」の解説

近江島新田
おうみじましんでん

[現在地名]木曾岬村近江島・さかえ

加路戸かろと川東岸沿いの列村。北に外平喜そとびらき新田、南に田代たしろ新田、東に西対海地にしたいがんじ新田がある。承応三年(一六五四)から明暦二年(一六五六)までに尾張国知多ちた郡の農民大橋六兵衛が開発(木曾岬村史)一説には知多郡の花井播磨守作助らが藩の許可を得て開墾、承応三年に堤防ができた。花井の出身地が近江なので、名付けられたという(長島新田村々古記)

宝暦一三年(一七六三)の伊勢国桑名郡長嶋新田之内近江島新田見入代地検地帳(徳川林政史蔵)に九一・〇八四石、九町八反五畝歩とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む