…とくに九頭竜川の河口の坂井郡三国と嶺南の敦賀郡角鹿(敦賀)とは港として重要な役割を果たした。さらに日本海を通した海外との交流も多く,《日本書紀》には崇神朝に加羅国王子の都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)が笥飯(けひ)浦(敦賀市気比神社付近)に来泊したという伝承が見える。また敦賀には松原客館が置かれ,渤海との交渉の拠点となった。…
…故(かれ),其処をなづけて角鹿と曰ふ〉という所伝を載せる。この人は意富加羅(おおから)国の王子都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)と名のったという。この地が早くから朝鮮方面との交渉をもったことを反映するものである。…
※「都怒我阿羅斯等」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...