里川目村(読み)さとかわめむら

日本歴史地名大系 「里川目村」の解説

里川目村
さとかわめむら

[現在地名]浄法寺町浄法寺

東は江牛えろす村、南は浄法寺村で、稲庭いなにわ岳の麓に位置する。正保国絵図に村名がみえ、高四五石余。天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付では蔵入高三五石余、七ヵ年平均の免は六分二厘三毛。江戸期を通じて盛岡藩領であったが、元禄七年(一六九四)から宝永三年(一七〇六)まで、新田分三五石が五代藩主南部行信の弟旗本南部政信領となる(郷村古実見聞記)。元禄十郡郷帳による〆高は田方七八石余・畑方二七石余で、いずれも新田高が多い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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