野塚村(読み)のづかむら

日本歴史地名大系 「野塚村」の解説

野塚村
のづかむら

[現在地名]積丹郡積丹町大字野塚町

明治初年(同二年八月―同六年の間)から同三九年(一九〇六)まで存続した村。日司ひづか村の南西にあり、とまりとの境で積丹川が海に入る。明治四年の「春日紀行」に野塚とある。同六年の「後志国地誌提要」に野塚村とみえ、戸数一一・人口四二、寄留戸数八、人口一二二(うち男一〇〇)、稲荷社(文化八年勧請)が祀られ、大中遣船三・中遣船八・図合船七・三半船六・保津船九・磯船一〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む