金元村(読み)かねもとむら

日本歴史地名大系 「金元村」の解説

金元村
かねもとむら

[現在地名]丸岡町金元

丸岡城下の南東方に位置し、北の鳴鹿なるか道と南の九頭竜くずりゆう川との間、東の上久米田かみくめだ村と西の下久米田村とに挟まれる。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では粟田島あわたじま村に含まれ、正保郷帳にはなか村と記される。元禄郷帳以降金元村となる。正保郷帳によれば田方一一〇石余・畠方一六石余。正保二年(一六四五)松岡藩領、享保六年(一七二一)再び福井藩領となる。文政六年(一八二三)の給人地方渡名寄帳によれば狛帯刀の知行所であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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