金峰山町(読み)きんぼうざんまち

日本歴史地名大系 「金峰山町」の解説

金峰山町
きんぼうざんまち

今京町の西裏約二五間を南北に走り、北は宇土(うと)小路につながり、南は観音丁通につながる。江戸時代には裏通(うらとおり)町と称したといわれるが、明治期には金峰山町と称した。金峰山町から京町台地を西に下りる小路が三本あり、四つの屋敷地帯を作る。金峰山町東側の浄永(じようえい)寺(現常永寺)から北は町人町で、南は武家屋敷となり鉄炮衆屋敷四・切米取屋敷三があり、また西側には鉄炮衆屋敷二がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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