日本歴史地名大系 「熊本城下」の解説
熊本城下
くまもとじようか
- 熊本県:熊本市
- 熊本城下
〔千葉城と隈本古城〕
天正一六年(一五八八)加藤清正入国以前の様子を記した茶臼山ト隈本之絵図(代継神社蔵)によると、茶臼山の西端近くの八幡宮(藤崎八旛宮)の下が宮内で、放生池がある。茶臼山の東山麓を坪井川が流れ、現
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
天正一六年(一五八八)加藤清正入国以前の様子を記した茶臼山ト隈本之絵図(代継神社蔵)によると、茶臼山の西端近くの八幡宮(藤崎八旛宮)の下が宮内で、放生池がある。茶臼山の東山麓を坪井川が流れ、現
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…市内には,1960年に復元された熊本城天主閣,清正をまつる本妙寺,細川ガラシャ夫人の眠る泰勝寺など名勝・史跡が多い。【岩本 政教】
[熊本城下]
肥後国の城下町。〈隈本(くまもと)〉の地名の初見は1377年(天授3∥永和3)で,茶臼山の一隅に隈本城が構築されたが,南北朝期には政治の中心は守護菊池氏の本拠の隈府(わいふ)(菊池郡)にあり,隈本は古代以来の国府の地位を保ったにすぎない。…
※「熊本城下」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」