金敷村(読み)かなしきむら

日本歴史地名大系 「金敷村」の解説

金敷村
かなしきむら

[現在地名]大和村金敷

観音かんのん川左岸にあり、東は大国玉おおくにたま村。中世真壁氏に属して御西殿とよばれた金敷氏が城を築いて支配したが、天正一二年(一五八四)金敷清久が下野国田野たの(現栃木県芳賀郡益子町)城主羽石時政に攻められ討死し、廃城となったといわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む