金道分(読み)こんどうぶん

日本歴史地名大系 「金道分」の解説

金道分
こんどうぶん

[現在地名]河東町郡山こおりやま

北西熊野堂くまのどう村、南東横堀よこぼり村、南西は郡山村。寛政五年(一七九三)の開村で、「新編会津風土記」の熊野堂村の項に「小名 近藤 本村より十一町巳の方にあり、寛政五年開く、家数九軒、東西四十二間南北一町六間、四方田圃なり、戌の方に家数二軒あり」と記される。藤倉ふじくら村肝煎近藤丈助の助力で開村したというが、文政年間(一八一八―三〇)近藤こんどうを金道に改めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む