釣田新田村(読み)つるたしんでんむら

日本歴史地名大系 「釣田新田村」の解説

釣田新田村
つるたしんでんむら

[現在地名]角館町薗田(そのだ) 釣田

東の入角(いりすみ)沢から流れる斉藤(さいとう)川が小さな扇状地をつくり、その先端部の平地にある。東は野中(のなか)村(現中仙町)、南は桜田(さくらだ)村(現中仙町)、西は上花園(かみはなぞの)村・下花園(しもはなぞの)村、北は白岩堂野口(しらいわどうのくち)村に接する。

正保二年(一六四五)に給人の向飛田氏が受けた差紙(白岩郷土史)に「注進堂口相馬五左衛門、釣田松木三右衛門、右ケ所新開の事相心得候」とあり、新開が進められた。享保八年(一七二三)の仙北郡郡村本村支村御高調帳(秋田県庁蔵)に田(つるた)村家数二二軒とあり、高四二九石余で、免四ツ成、当高は二八六石余とある。支郷に田向(たむかい)村家数二軒、中(なか)村二軒、こ里ん田村一軒、上田(かみつるた)村八軒があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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