鎌瀬(読み)かませ

日本歴史地名大系 「鎌瀬」の解説

鎌瀬
かませ

[現在地名]芦北町告 鎌瀬平

つげ川の合流点から告の漆口うすのくちまで球磨川が大きく湾曲するが、その内側中央部にある小集落。文政二年(一八一九)の葦北郡海陸持口御手当帳(芦北町誌)に「鎌瀬口」とあり、行政的には告村の枝村として扱われていた。球磨川下りの船着場であり、告口の上御番所とともに、鎌瀬には下御番所が置かれ、代々菊井家が番役を勤めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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