鎮岩村(読み)とこなべむら

日本歴史地名大系 「鎮岩村」の解説

鎮岩村
とこなべむら

[現在地名]加西市鎮岩町

東横田ひがしよこた村・西横田村の東に位置し、下里しもさと川の上流域に立地する。東は段下だんげ村。永正一二年(一五一五)九月二日の東南院門跡領当知行目録(東大寺文書)に播磨国の所領として剣坂けんざか庄・いち別符などとともに床鍋とこなべとみえ、これらの奈良東大寺東南とうなん院領は栂尾殿義仁親王から東南院宮観覚親王に伝領されていたものと考えられる。文禄四年(一五九五)八月一七日の豊臣秀吉知行方目録(木下家文書)によると、木下家定は豊臣秀吉から「とこなへ村」三六〇石余などを宛行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む