鏡宮村(読み)かがのみやむら

日本歴史地名大系 「鏡宮村」の解説

鏡宮村
かがのみやむら

[現在地名]新湊市鏡宮・神楽町かぐらちよう

東神楽川左岸、高木たかぎ村の北に位置。もとは草野くさのとよばれた原野であった。村名は中世以来の伊勢神につながる土俗信仰の鏡宮天神社に由来するといわれる(越中志徴)正保郷帳では高一千六三石余、田方二五町五反余・畑方四五町三反余。明暦二年(一六五六)の検地引高四三七石(「高免等書上帳」折橋家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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