長房村(読み)ながふさむら

日本歴史地名大系 「長房村」の解説

長房村
ながふさむら

[現在地名]東伯町古長ふるなが

加勢蛇かせいち川中流左岸に位置し、東は同川を挟んで矢下やじた村に対する。拝領高は五一石余。竹運上銀六匁・藪役銀八匁を課されており(藩史)、松尾氏の給地があった(給人所付帳)幕末の六郡郷村生高竈付によれば生高六八石余、竈数一一。元治二年(一八六五)の八橋郡村々余業取調帳(河本家文書)では家数一一、うち余業四(農業日雇二、木挽・糀屋各一)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む