間米村(読み)まごめむら

日本歴史地名大系 「間米村」の解説

間米村
まごめむら

[現在地名]豊明市間米町

東に二村ふたむら山を仰ぎ、南は五軒屋ごけんや新田、西と北を鳴海なるみ山・沓掛くつかけ山が囲む。村の北を通る古東海道は、天保村絵図によれば鎌倉街道と表記され、間米村の用水源にごり池が街道沿いにある。「寛文覚書」は村名を「孫目」とする。天保村絵図によれば、間米村は概高三一七石余のうち二九〇石余が藩士一名の給知。「徇行記」によれば、新田も含め田は二四町二反三畝余、畑は二町九反四畝余である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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