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鳴海 なるみ

7件 の用語解説(鳴海の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鳴海
なるみ

愛知県名古屋市緑区の一地区。 1889年町制。 1963年緑区に編入。江戸時代から東海道の宿場町としてにぎわい,現在も街村状の町並みを残す。第2次世界大戦前に有名であった鳴海球場は,58年閉鎖されて自動車学校となった。

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デジタル大辞泉の解説

なるみ【鳴海】

名古屋市緑区の地名。もと東海道の宿場町。鳴海絞を特産。古代には海岸で、鳴海潟とよばれた。[歌枕]
「いざ知らず―の浦にひく潮のはやくぞ人は遠ざかりにし」〈新撰六帖・三〉
鳴海絞」の略。

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百科事典マイペディアの解説

鳴海【なるみ】

愛知県名古屋区の一地区。江戸時代,東海道五十三次の宿場町として発達,名鉄名古屋本線が通じ,住宅地・工業地化が著しい。鳴海絞(有松絞)で有名。

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世界大百科事典 第2版の解説

なるみ【鳴海】

尾張国愛知郡の地名。743年(天平15)の東大寺正倉院丹裏古文書に〈成海郷〉とあるのが初見。鎌倉時代になると,熱田から二村(ふたむら)山(現,豊明市)へ通ずる鎌倉街道沿いの地としてさかえ,また古代・中世の紀行文などに〈鳴海潟〉〈鳴海浦〉などと記されており,歌枕でもあった承久の乱後に清和源氏の流れをくむ小笠原清時とその子が鳴海余一を称しており,この一族が鳴海に勢力をもっていたと思われる。南北朝初期までには東西2荘よりなる鳴海荘が内裏料所として成立していた。

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大辞林 第三版の解説

なるみ【鳴海】

愛知県名古屋市緑区の地名。もと東海道の宿場町。鳴海絞で有名。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔愛知県〕鳴海(なるみ)


名古屋市緑(みどり)区の中心地区。高度経済成長期以降、大規模住宅団地が開発された新興住宅地域。中世から東海道の要衝で、江戸時代には宿場町として発展。南東の有松(ありまつ)地区の有松絞(しぼり)とともに、鳴海絞とよばれる絞り染めで知られる。

出典|講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鳴海
なるみ

愛知県名古屋市緑区の一地区。旧鳴海町。東海道旧宿駅。寛文(かんぶん)年間(1661~1673)には戸数533、本陣1、脇(わき)本陣2、常備馬60頭であった。景勝地鳴海潟に近く、松尾芭蕉(ばしょう)は「星崎の闇(やみ)を見よとや鳴く千鳥」と詠み、「千鳥塚」の句碑も建てられている。鳴海潟は、宿場西端から笠寺(かさでら)への道程に広がり、『万葉集』にみえる年魚市潟(あゆちがた)に続いていた。丘陵上の二村(ふたむら)山は鎌倉街道のルートで東海道筋よりやや北側にある。式内社成海(なるみ)神社は日本武尊(やまとたけるのみこと)、宮簀媛(みやずひめ)が祭神。慶長(けいちょう)(1596~1615)以来の特産には「有松・鳴海絞り」がある。名古屋鉄道本線鳴海駅がある。[伊藤郷平]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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