関俊平(読み)せき としひら

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「関俊平」の解説

関俊平 せき-としひら

?-? 平安後期-鎌倉時代武将
父の大方政家(おおかた-まさいえ)は下総(しもうさ)大方郷(茨城県)と,常陸(ひたち)(茨城県)関郡を領した。俊平は関郡にすみ常陸関氏の祖となった。「保元(ほうげん)物語」によると保元の乱(1156)の際,源義朝(よしとも)にしたがった。のち弟政綱(まさつな)も関氏を名のった。通称は二郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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