精選版 日本国語大辞典 「物語」の意味・読み・例文・類語
もの‐がたり【物語】
もの‐がた・る【物語】
もの‐がたら・う ‥がたらふ【物語】
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物語は,一般に,文学の基本的な要素と考えられている。ある人物がなんらかの行動をなして,なんらかの筋の展開が生ずれば,そこには物語が成立しているとされ,それに対して,静的な景物描写のような場合には物語の成立が認められないのである。この意味での物語は,いわゆる英雄叙事詩やバラードなどのなかにも数多く見いだされる。その特徴は,中心となる人物の行動を軸として,作品が始め,中間,終りからなる完結性をもつことであろう。イギリスの小説家E.M.フォースターが,〈小説のかなめは物語であり,物語とはできごとを時間順に語ったものである〉(《小説の諸相》1927)と述べているのも,これと似た考え方である。
こうした考え方は今日でも根強くあるが,その一方で,とくに1960年代以降,フランスの構造主義に属する人々によって推進されてきた物語研究の新しい動きがある。この場合には,物語をいわゆる文学に固有のものとはせず,神話,伝説,民話,おとぎ話,小説,戯曲,絵画,映画,漫画,ダンスなどに共通にあらわれるものとみる。そして〈物語の構造分析には言語学そのものを基礎モデルとして与えるのが理にかなっている〉(R.バルト《物語の構造分析序説》1966)と考える。この方向での研究の早い例は,ソ連の民話学者プロップの《民話の形態学》(1928)であるとされている。彼はロシアの数多くの民話を分析することによって,そこに登場する人間その他が果たす機能には共通性があることを発見した。そしてその機能を類型化することによって,民話の体系化を試みたのである。フランスの人類学者C.レビ・ストロースは,プロップの方法から多くを学びながら,神話の分析を試みて,みごとな成果をあげた。この2人に共通しているのは,多種多様なかたちで存在する民話や神話を分析することによって,それらの深層にひそんでいる共通の構造を取り出そうとする姿勢である。この基本姿勢は,物語を研究する人々のうちにも認められる。それらの人々を代表するバルトやトドロフTzvetan TodorovやグレマスAlgirdas Julien Greimasなどの仕事は,〈物語の文法〉をめざすものであるといえるだろう。彼らは,物語のもつ表現面と内容面をひとまず区別したうえで,その特徴を分析するのに必要なさまざまの枠組みを考案した。そしてそれを利用して,さまざまの物語を具体的に分析する。そうした作業のなかから取り出された問題として,たとえば,物語分析の基本となる単位をどう設定するかとか,各単位の間にある相互関係の特性をどのようにして記述するかとか,語り手と語られる内容の関係をどうとらえるかといった問題がある。
もうひとつの注目すべき物語論は,やはり1960年代以降,とくにアメリカとドイツの歴史哲学の分野で議論されているものである。自然科学と人文・社会科学の方法を対比した場合,自然科学とは異なる対象を扱う人文・社会科学に固有の方法とは何であるのかという問題は,19世紀以来,さまざまの角度から論じられてきた。この論争のなかで,物語のもつ意味が再検討されているのである。自然科学の論述において最もたいせつなのは,論述の過程そのものではなくて,それによって導かれる結論である。それとは対照的に,人文・社会科学の論述においては,結論のみを取り出してみてもあまり意味はない。むしろたいせつなのは,論述の過程において与えられる認識のほうであろう。できごとを時間順に語ってゆく歴史叙述においては,とくにそのことがあてはまる。そこから,歴史叙述は物語としての特性をもっており,時間軸に沿って展開する物語的な認識法こそが歴史学の特徴であるとする考え方が出てくることになる。この発想を徹底させたアメリカの歴史哲学者ホワイトHayden Whiteの《メタヒストリー》(1973)によれば,歴史叙述にはロマンス的,悲劇的,喜劇的,風刺的の四つの方向での物語性があり,歴史叙述のうちにひそむイデオロギー性もそれと密接な関連をもつことになる。
構造主義の側からする物語論は,物語の構造そのものの分析をめざしているのに対して,歴史哲学の側からする物語論では,まず第1に,物語的な認識こそが歴史叙述の特徴であるという主張をふまえて,そのうえで物語の機能が注目をあびているといえるだろう。しかし最近では,この二つの方向からの物語論が合流するきざしも見えはじめている。その際につなぎの役割を果たすのは,おそらく修辞学ということばである。構造主義の側から物語分析に取り組んだ人々は,自分たちの仕事がかつての修辞学者のそれと共通するところをもつことに気がついていたし,アメリカの歴史哲学者の側にも,歴史叙述の特性を修辞学の用語で記述することができるという考え方があるからである。
さらに,物語そのものを修辞的な構造と考えるとすると,ひとつの派生的な効果が生まれてくる。バルトの指摘するように,新聞の三面記事やラジオ,テレビの番組のなかにも物語がひそんでいるとして,その修辞的なごまかしや歪曲(わいきよく)を分析してゆくとすれば,それらの物語に潜在するイデオロギーを暴露することになるだろう。そのときには,物語の分析は単なる学問的な研究から抜け出し,人々の日常的思考を支配するさまざまの物語に対する批判というかたちをとった社会批判となる。つまり物語批判はイデオロギー批判のひとつとなりうるのである。バルトが《神話作用》(1957)で試みた現代の神話批判を,そのひとつの例と考えることができる。
なお,日本文学における物語の概念については〈物語文学〉の項を見られたい。
執筆者:富山 太佳夫
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出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…運命として機能する環境ないし権力ある他者との葛藤は悲劇を生む(ロミオとジュリエット,ブリタニキュス)。あらゆる文学作品は,脈絡のある説述,事件,行動を枠組みとした物語を含むが,その物語形式の軸をなすのが,主人公の存在である。古典的物語形式は原則として単数軸(1人もしくは1組の主人公)を想定するが,近代以降,《ゴリオ爺さん》(バルザック)のような複数軸の作品が多くなった。…
…日本文学史の用語。あらゆる民族,あらゆる時代がそれぞれ物語をもつ。神話や叙事詩や昔話や小説,これらはみな物語にぞくする。…
※「物語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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