関根永滋(読み)セキネ ナガシゲ

20世紀日本人名事典 「関根永滋」の解説

関根 永滋
セキネ ナガシゲ

昭和期の歯科医学者



生年
明治41(1908)年7月23日

没年
昭和51(1976)年5月22日

出生地
東京

学歴〔年〕
東京歯科医学専門学校〔昭和5年〕卒

学位〔年〕
医学博士〔昭和15年〕

経歴
昭和15年東京歯科医専講師、17年助教授(保存学)、22年教授。36年歯科衛生学校長、37年歯科医師国家試験部長、40年日本歯科保存学会会長、41年大学設置審議会専門委員、42年病院長、43年医科製薬調査会委員、45年学監、46年学長。また中央薬事審議会委員、野口英世記念会理事、第14回日本歯科学会総会会頭、第4回日本歯科医史学会総会会長などを務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学位 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「関根永滋」の解説

関根永滋 せきね-ながしげ

1908-1976 昭和時代の歯科医学者。
明治41年7月23日生まれ。昭和22年東京歯大教授。歯科衛生士学校校長などをへて,46年東京歯大学長となる。日本歯科保存学会会長,第14回日本歯科医学会総会会頭をつとめた。昭和51年5月22日死去。67歳。東京出身。東京歯科医専卒。著作に「歯髄処置」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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