阿瀬比村(読み)あせびむら

日本歴史地名大系 「阿瀬比村」の解説

阿瀬比村
あせびむら

[現在地名]阿南市阿瀬比町

山口やまぐち村の西に位置し、西は中山なかやま(現鷲敷町)とも記され、里として赤坂・四歩一・谷松窪・宮多尾・大佐古・鴨川・壁石・舟越・中越寺がある(阿波志)。「阿波国太龍寺縁起」によると、天長二年(八二五)六月一三日、淳和天皇の宣旨により金剛座主に寄進された地域の東限とされた「汗日野」は当地のことと考えられる。慶長二年(一五九七)の分限帳に山田彦八郎知行分として那東なとう郡阿瀬比一三五石余とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む