鴨川(読み)かもがわ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鴨川
かもがわ

京都市を北から南へ流れる川。淀川水系の一部。長さ約 30km。山城丹波の国境にある桟敷ヶ岳を水源とし,盆地へ出たのち南東へ流れ,高野川と合流してからは京都市街地の東部を南流し,下鳥羽で桂川と合流する。高野川合流点から上流を賀茂川,下流を鴨川と書く。平安時代までは,盆地へ出てからまっすぐに南へ流れ,現在の堀川付近を流れていた。川の水は 1960年代まで友禅染水洗いに利用。三条,四条,五条などの大橋も歴史が古く,詩歌にも詠まれ,古くから京都市民の憩いの場所として親しまれている。

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大辞林 第三版の解説

かもがわ【鴨川】

千葉県南部の市。太平洋に臨み漁業・花卉かき栽培が盛ん。観光地。海水浴場として知られる。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔京都府〕鴨川(かもがわ)


京都市中部を流れる川。1級河川(淀(よど)川水系)。延長約35km。丹波(たんば)高地南部の桟敷ヶ(さじきが)岳(標高896m)付近に源を発し、南東流して出町(でまち)で高野(たかの)川と合流。京都市街東部を南流し、伏見(ふしみ)区で桂(かつら)川に合流する。出町から上流は賀茂(かも)川とも書く。京都市街の河川敷は市民や観光客の憩いの場として親しまれ、夏季は床(ゆか)とよばれる出店が並ぶ。河水は古くから友禅(ゆうぜん)染に用いられた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鴨川
かもがわ

京都市北西部、丹波(たんば)高地の桟敷(さじき)ヶ岳(896メートル)に源を発し、南流して淀(よど)川に注ぐ川。北区上賀茂(かみかも)付近で京都盆地に流れ出て、流路を南南東に転じ、出町(でまち)で高野(たかの)川と合流し、市街東部を北から南に貫流して、伏見(ふしみ)区横大路付近で桂(かつら)川と合して淀川に注ぐ。延長約35キロメートル。出町以北の上流部を賀茂川、出町以南を鴨川とよぶ。鴨川はもとは上賀茂付近から南流し、現在の堀川筋(すじ)が旧流路であったが、平安京遷都(794)の際、都の東辺に流路を変更したという。そのためしばしば氾濫(はんらん)して被害を与え、824年(天長1)に防鴨河使(ぼうかし)が置かれた。その後、豊臣(とよとみ)秀吉が新堤を造築し、出水もようやく減じたが、1935年(昭和10)の集中豪雨により橋梁(きょうりょう)の大半が流失するなどの大被害が生じ、1936年から護岸の大改修事業が行われた。平時は水量が少ないので、1614年(慶長19)には角倉了以(すみのくらりょうい)によって高瀬(たかせ)川、1894年(明治27)には琵琶湖疎水(びわこそすい)が鴨川と並行して開削され、米、薪炭(しんたん)などの輸送に用いられた。鴨川の河原は古来しばしば合戦場となり、平安時代以降近世初頭にかけて五条、六条、七条の河原では罪人などの処刑が行われた。近世初頭からは能、芝居興行の場となり、三条、四条の河原には芝居小屋や見せ物小屋が並んだ。
 鴨川の水は友禅染めの水洗いに適しており、かつては友禅流しが行なわれた。三条大橋から五条大橋にかけての河岸には旅館、料亭などが集まり、夏には河原に川床(かわどこ)が設けられ、夕涼み客でにぎわう。[織田武雄]

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